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コンサルタントの現実

経営コンサルタントは何でも屋?

経営コンサルタントには「専門性が必要だ!」とよく言われる。

確かに、クライアント(問合せ者含む)からすれば、どういった経営コンサルタントなのかを知る上で、専門性が明確となっていたほうが依頼はしやすいし、探しやすい。

そう考えれば、仕事の依頼を獲得するために経営コンサルタントは専門性を磨き、そしてそれを打ち出すことが肝要であるといえる。

ただし、これはあくまで入り口の話。

つまり、依頼しやすい、相談しやすいようにそういった専門性を磨くことは有効であるにしても、実際の依頼内容というのはまったくもって専門外のこともことのほか多い。

経営コンサルタントの重要な能力として「ヒアリング力」がある。顧客(あるいは顧客となり得る人)は、自社の問題を予め明確に把握しているとは必ずしもいえず、むしろ、ヒアリングを進める中で当初の問題点が「顧客の思い込み」であることも少なくない。

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コンサルタントの現実

仕事全滅なら諦めて知識吸収にシフト

東北地方を中心とする震災の影響はかなり深刻だ。

それは、経営コンサルタントにとっても例外ではない。

  • 新入社員研修が延期あるいは中止
  • 顧問契約を一旦凍結
  • 講演活動等の自粛

など、挙げるとキリがない。

経営コンサルタントは講師として講演や研修を依頼されることが多い。むしろ、講演や研修を収益の柱にしている経営コンサルタントも少なくないのだ。

仕事がなくなっても次に備えた動きを取っておくのが経営コンサルタント

4月から目白押しだった新入社員研修は相次いで中止となった。これは、東北地域では新入社員の採用見送りが生じたこともある。

また、関東を中心とした大規模停電の影響で、会場が使用できなくなったこと、あるいは、会場そのものが余震を警戒してクローズしたことなどが理由としてある。

また、講演やセミナーは自粛が相次ぎ、延期または中止となった。延期と言っても、その時点で次候補日が決定していないとすれば、それはほぼ中止とみてよいだろう。

また、経営コンサルタントの仕事だけがなくなったわけではなく、多くの企業で仕事は減少している。そのため、経営コンサルタントに払うお金は削減ということで、顧問契約の見直しなどもあった。

結果的に、経営コンサルタントは苦境に立たされている。

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コンサルタントの現実

震災の影響で経営コンサルタントの仕事はどうなる?

3月に起こった東北関東大震災。

大きな爪あとを残す結果となったわけであるが、その被害は甚大である。

被災地の方はもちろん、東京はじめ関西地域にまで企業活動における震災の影響は広がっている。具体的には、仕事の激減である。

経営コンサルタントへの依頼の中心は、「売上増加策」が大半を占める。しかし、こういった状況の中でどこまで経営コンサルタントが活躍する余地があるだろうか。

経営コンサルタントに依頼する余裕(資金)などない企業も多いだろうし、そもそも経営コンサルタントの仕事も減少しているのが実態のようだ。

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暇の恐怖と将来への不安

経営コンサルタントにとって、まさに暇に対する恐怖は驚くほど大きいといえる。特に、死ぬほど忙しい時期を乗り越えて、自分の中では一皮向けたと思った時にやってくる暇な時期は恐怖そのもの以外の何者でもない。

もちろん、これらの話は経営コンサルタントだけではなく、自営業者であれば同じような恐怖を抱えているのは同じことである。

しかし、経営コンサルタントの場合には商品やサービスは「自分自身」であって、暇ということは自分自身に対する評価と直結して考えることが可能である。

自営業者であれば誰でも暇な時間・暇な時期というのは恐怖感でいっぱいである。経営コンサルタントの場合にはそれが極度化する職業でもある。

だからこそ、余計に辛い。

特に、暇ということは端的に言えば「仕事がない」ということであり、将来のことを考えても非常に心配となることが多い。

一般企業の正社員であれば、暇であることは潰れないような優良企業を前提に考えれば非常にうれしい限り。残業代もつかないような時代にあっては、できるだけ仕事は暇でありたいと思う。

一方、経営コンサルタントの場合には、できるだけ仕事を確保しておかないと自分の収入に直結するだけに非常に怖いわけだ。

ただし、経営コンサルタントの場合には誰に管理されているわけでもなければ指図を受けることもない。つまり、すべては自分の自由の範囲内にある。

ここが勤め人とは異なるところなので、隣の芝生は青いという状況でもあるといえる。

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コンサルタントに叱られて喜ぶクライアントの社長

あなたは最近誰かに怒られたり、叱られたりしたことはあるだろうか?上司に怒られた、奥さんに叱られた・・・

誤解を恐れずにいえば、「怒ってくれる人がいる」「叱ってくれる人がいる」というのは、ある意味非常にありがたいことである。なぜならば、自分のことをしっかりと見ていてくれる人がいるということになるからである。

怒られる叱られるというのはある意味幸せなことである。それは経営者であっても同じであるが、経営者は誰に叱られるというのか。

人間というのは、たえず誰かに見ていてもらいたいという欲求をもっているものである。それは、年齢や性別に無関係であり、むしろ年齢が高くなればなるほど怒られるという機会は減る。

だからこそ、ある意味で「怒られる」ことが少なくなり、怒られないということは誰にも注目されていない、そんな心境になるものだ。

特に、経営者はこの傾向が強い。社長である限り、誰かに「怒られたり」「叱られたり」することは基本的にない。これは、小さい企業であっても大きい企業であっても同じことである。

陰で社長の文句を言う部下はいても、正面から怒る部下は少ない。また、社長に対して文句をいう部下は存在していても、叱る部下は皆無である。そもそも自分よりも目下の人間に何を言われても「怒られている」「叱られている」という感覚は持ちにくく、文句を受けているようにしか思えないのが現実だろう。